ペットイメージ

我が家の和ませ役となった愛すべきペットの猫

私が中学生の頃、思春期ということもあり両親にも反発し、いつも比較対象とされる兄弟にも心が開けないような何とも言い難い毎日を過ごしていました。
正直、なぜ私は生きているんだろう、なんで私自身を認めてはくれないのだろうと卑屈になっていた部分もありました。
それでも、小さい頃から可愛がってくれた祖母は唯一の味方でいつも甘えていました。
しかし祖母は年を重ねるにつれ認知症症状が出始めていきました。
時には煙草に火がついたまま放置され、火事になりかけたこともありました。
その為共働きの両親にかわり学校から帰ってきては祖母の様子を見て過ごしていました。
それでも全く苦はありませんでした。
そんな毎日を過ごしていたある年の冬に祖母は突然の他界をしました。
私はテスト中で先生からの知らせを受け、すぐに帰宅しました。
そこには冷たくなった祖母が寝ていました。
葬儀では最愛の祖母が他界してしまったことが受け入れられない自分と受け入れざる得ない祖母の眠る姿にお焼香する自分といて中学生だった私は泣くことしかできませんでした。
私のたった一人の味方、認めてくれる大切な人がいなくなってしまった悲しさは今でも忘れられません。
葬儀が終わり、あてもなく家を出て歩いているときに一匹の猫に出逢いました。
それは本当に偶然で一台の車から放り出された云わば捨て猫でした。
目の前で捨てられたその猫は生まれてまもない様相で小さく鳴いていました。
私はというと見てられなくなりその場を去ろうとしましたがその猫は私の後ろを付いて歩いてくるのです。
小さいなりに一生懸命追いかける姿は祖母を亡くした私には見捨てることも出来ず自宅に連れて帰ることにしました。
父はペットを飼うことには反対しましたがその他の家族は賛成してくれました。
祖母がいなくなった事は私だけでなく兄弟や母にも大きな悲しみを生んでいました。
その悲しみを猫が救ってくれた気がします。
祖母の葬儀の後に出逢った一匹の猫は何だか祖母に関係があるかのように幼い私は思っていました。
それからというもの今までは会話が弾まない夕飯の席でも、兄弟間でも猫の話で盛り上がるようになり、孤独感が強かった私には祖母の救いとはまた違う幸福感を覚えていました。
もちろん、なんだかんだ言いながらも父も猫を可愛がり次第に餌まであげるようになりました。
ただ壁やカーテンは猫の爪でどんどん傷ついていきました。
しかし、猫を拾って早十数年経っていますがその傷が今では愛おしく、このまま長生きして元気に走り回ってくれることを祈っています。

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